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「工務店」という名前の由来、

工務店という名前の由来、

(先ず、本来の趣旨から外れるかもしれませんが、悪しからず)
工務店と言う名前で良く知られているのが、「竹中工務店」です。工務店を練馬区でお探しなら大橋建築株式会社
竹中は、スーパーゼネコンといわれる五社(鹿島建設、清水建設、大成建設、竹中工務店、大林組)のうちの一つであり、建設業界では超有名な企業です。 しかし、この会社の面白いところは土木建設関係の仕事は殆ど行っておらず、大部分が建築関係の仕事らしいです。 昨今では、特に、特異な建築物や超高層の建物建築でも有名です。
面白いのは、この会社の創業は江戸時代の初期で、織田信長の元家臣であった初代竹中藤兵衛正高が尾張・名古屋にて創業したとあります。 当時は勿論、神社や仏閣の造営に携わり、やがて明治時代の到来により、ヨーロッパ型の建築技術を導入すると、当時すでに開港していて都市化し始めた神戸へ進出し、数々の建築物を施工し、その名を知られるようになったといいます。
因みに、テレビなどでもお馴染みの秀吉の重臣で竹中半兵衛と言う人がおります。 この人は美濃の豪族の出で、彼の一族は「重」の字を代々使う一族で、半兵衛も「重治」という名を持ちます。 この同時代の竹中氏の一門に正高という人物は居なかったらしく、偶々、同じ苗字の人物が織田家中に居たと言うだけだと言われます。
ともあれ、この竹中氏が「工務店」という言葉を作り、社名としたのは同社が初めてであるとされています。 設計と施工は切り離せない関係とお客様第一の仕事であるという考えから公務、つまり工務を掲げ、店の字を用いたとされます。。

我が家を建ててくれた地元の工務店

我が家は6年前に土地を購入し、その土地に新築した家を建てたのですが、その際、地元にある工務店にお願いしました。

私は以前、地元の広告代理店に勤めていて、当時はある大手ハウスメーカーがクライアントの一つだったため、そのハウスメーカーには何人も知り合いがいます。そのため、その大手ハウスメーカーに新築住宅の建築を依頼しても良かったのですが、建築坪単価が高い上に、あまり自由度が効かないつくりになっていたため、散々迷って地元の工務店にお願いしたのでした。

我が家がお願いした工務店は、本社から半径数km圏内しか営業をせず、施工しないといったことを理念として掲げています。エリアを絞ることで地域に密着し、アフタフォローも含めて施主にきっちりとサポートし、生涯付き合っていくことを宣言しているのです。だから、その工務店の商圏エリアでは熱烈なファンが多く、口コミも絶大なのです。

我が家の建築の仕事振りもきめ細かく、家を建てた後のフォローも頻繁に行なってくれています。この工務店にお願いして本当に良かったです。

工務店は地域密着形で仕事をする、

工務店は地域密着形で仕事をする、

工務店と言ったら、どしても地域や地元に密着した建築屋さん、大工さんという、イメージがあります。 実は、我が家の新興団地に建築をお願いした大工さんも○○工務店といって、地元で宮大工を主として仕事をしている業者さんでした。
工務店は、工事がスムーズに行えるように、主に職人である鳶、大工、左官、板金、電気、水道その他のものの手配を行うなど、専門工事業者をマネジメントする業者であり、そこには大工の棟梁が中心となって差配をしてくれます。 
特徴としては、地域密着で仕事や業務していることが多く、当初の事項から追加工事の話まで、お願いや融通が利き、完成した後もアフターケアなどのきめ細かいところまで気を使ってくれるところが利点でもあるでしょう。
又、当初の設計段階では建築士事務所が主体となって設計監理を行いますが、工務店は実際に現場での工事管理が主体となり、役割が分担されていることもあるでしょう。
昔から日本では、この大工の棟梁が職人のマネジメントをしていたが、この形からやや発展したのが工務店と言えるかも知れません。